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日本人の先祖は朝鮮人

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空気を読み発言する日本人には言えないこと

田端信太郎が語る「天皇は朝鮮人」

田端信太郎が語る「天皇は朝鮮人」

天皇家には朝鮮の血筋が混入してるのはまず間違いない事実。天皇陛下が自ら「私自身としては,桓武天皇の生母が百済の武寧王の子孫であると,続日本紀に記されていることに,韓国とのゆかりを感じています」とおっしゃってる。ソースは宮内庁w

知ってる人は知ってたけど誰も言わなかったこと

弥生人(日本人の祖先)ほとんどの人骨のDNAの特徴が中国や朝鮮半島の人のものと共通していることがわかりました。いわれている縄文人との混血は認められなかったそうです。この間の江戸博「玉」展でも勾玉が朝鮮にも大量に存在している事実が発表されていましたが、いよいよ現日本人は渡来系がベースになっていることが考古学的に明確化しそうです。

森下泰輔さんの投稿 2018年10月23日火曜日

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弥生人(日本人の祖先)ほとんどの人骨のDNAの特徴が中国や朝鮮半島の人のものと共通していることがわかりました。
いわれている縄文人との混血は認められなかったそうです。
この間の江戸博「玉」展でも勾玉が朝鮮にも大量に存在している事実が発表されていましたが、いよいよ現日本人は渡来系がベースになっていることが考古学的に明確化しそうです。

弥生人(日本人の祖先)ほとんどの人骨のDNAの特徴が中国や朝鮮半島の人のものと共通

弥生人(日本人の祖先)ほとんどの人骨のDNAの特徴が中国や朝鮮半島の人のものと共通していることがわかった。

日本の大手メディアでも

NHKニュースWEB:鳥取の遺跡の人骨 弥生時代後期に渡来か DNAで判明

【NHKニュースWEB】鳥取の遺跡の人骨 弥生時代後期に渡来か DNAで判明

2018年10月19日 4時53分

鳥取市にある青谷上寺地遺跡で出土した大量の人骨は、1世紀から2世紀の弥生時代後期になって新たに大陸から渡来した人々だった可能性のあることが、国立科学博物館などのDNA分析でわかりました。まとまった数の弥生人のDNA分析から渡来人の集団の実態に迫る研究は初めてです。

青谷上寺地遺跡は鳥取市にある弥生時代の集落跡で、平成12年に国内で初めて当時の人の脳が出土したほか、大量の人骨も見つかり、全国的に注目されました。

国立科学博物館や山梨大学などの研究グループがおよそ40点の人骨の「ミトコンドリアDNA」を分析したところ、ほとんどの人骨のDNAの特徴が中国や朝鮮半島の人のものと共通していることがわかりました

人骨は1世紀から2世紀の弥生時代後期のものとされ、それより前から日本列島で暮らしてきた縄文系の人々との交わりもある程度、進んでいたと考えられる時期ですが、DNAにそうした特徴は見られず、研究グループは、新たに渡来した人の集団だった可能性があるとみています。

まとまった数の弥生人のDNAから渡来人の集団の実態に迫る研究は初めてで、国立科学博物館の篠田謙一副館長は「さらに詳細な分析が可能な核DNAの調査などを通して当時の状況を明らかにしたい」と話しています。

この調査については、19日から開かれる日本人類学会で報告されます。

NHKニュースWEB:https://www3.nhk.or.jp/news/html/20181019/k10011677081000.html

読売新聞:弥生人骨 大半が渡来系

「弥生人骨 大半が渡来系」と伝える読売新聞

「弥生人骨 大半が渡来系」と伝える読売新聞

弥生人骨 大半が渡来系

  • 青谷上寺地遺跡
  • DNA分析 後期、盛んな交流

鳥取市青谷町の青谷上寺地遺跡で見つかった弥生時代後期の人骨について、県埋蔵文化財センターや国立科学博物館などが実施しているDNA分析調査の中間報告会が17日、同町の市青谷町総合支所で開かれた。大半の人骨のルーツが大陸からの渡来系だったといい、同博物館の篠田謙一副館長は「日本人の成り立ちを知る重要な手がかりだ」と話す。(河合修平)

遺跡からはこれまでに約5300点の人骨が出土。調査では、頭蓋骨約40点から微量の骨を削り取り、DNA分析を行っている。報告会では、母から子へ受け継がれるミトコンドリアのDNA配列を分析し、母系の祖先をたどった調査結果を篠田副館長が説明。市民ら約130人が聞き入った。

篠田副館長によると、九州北部の遺跡から出土した弥生前期の人骨の分析では、在来の縄文系と渡来系の遺伝子が見つかった。当時の人が両方の祖先を持っていたことを示しており、青谷上寺地遺跡の人骨についても、両方の遺伝子が検出されると予想していたという。しかし、今回DNAを抽出した人骨32点のうち、31点が渡来系で、縄文系は1点だけ。DNAの型は29種類に分かれ、血縁関係がほとんどないことも分かった。

青谷は遺跡の発掘調査から、大陸などとの交易拠点だったと考えられており、分析からも、多くの渡来人が入ってきて、交易で栄えていたことがうかがえるという。また、従来の研究では、稲作の普及や定住生活の広がりに伴って弥生後期には日本人の中に渡来系と縄文系が交ざっていたと考えられていた。しかし、今回の調査結果は定説に当てはまらず、篠田副館長は「これまでの説について発展的に考える契機になる」と述べた。

共同研究では今後、細胞核のDNAから父系のルーツについても分析する。2019年3月には、鳥取市内で最終的な研究成果を発表する予定で、篠田副館長は「当時の人々がどのように暮らしていたのかを明らかにしていきたい」。報告を聞いた同市の会社員宮川昌樹さん(64)は「青谷でどんな人が暮らし、自分たちのルーツはどこにあるのか、興味をかき立てられた。研究内容に注目したい」と語った。

 同町の青谷上寺地遺跡展示館では17日、研究に用いられている人骨5点の展示も始まった。午前9時~午後5時。月曜、祝日の翌日は休館。無料。終了日は未定。問い合わせは同展示館(0857・85・0841)。
2018年11月18日 Copyright © The Yomiuri Shimbun
読売新聞:https://www.yomiuri.co.jp/local/tottori/news/20181117-OYTNT50025.html

毎日新聞:弥生時代の人骨“渡来系”か 青谷上寺地遺跡

弥生時代の人骨“渡来系”か 青谷上寺地遺跡

毎日新聞2018年11月18日

弥生時代の人骨“渡来系”か 青谷上寺地遺跡

2018年11月18日
国史跡・青谷上寺地(かみじち)遺跡(鳥取市)で出土した弥生時代の大量の人骨=2世紀ごろ=のDNA分析の中間報告で、人骨の大半は朝鮮半島や中国大陸などからの“渡来系”である可能性が高いことが分かった。分析が進み、日本人の成り立ちの解明につながる成果が期待される。弥生時代の人骨の本格的なDNA分析は全国で初めて。【園部仁史】

遺跡は弥生時代前期~古墳時代前期に存在した。保存状態の良い、多種多様な出土品や老若男女の人骨が100体以上見つかるなど「地下の弥生博物館」と呼ばれている。
DNA分析を進めてきた国立科学博物館などは17日、鳥取市内で報告会を開催。同館の篠田謙一副館長は約40の人骨から母系の遺伝情報が分かる「ミトコンドリアDNA」を分析し、32体の塩基配列の特徴を調べることができたと説明した。
その結果、日本古来の“縄文系”は32体のうち、わずか1体だったといい、出土した人骨のほとんどは新たに大陸から渡ってきた人のものとみられる。さらにその“渡来系”の人骨は少なくとも12のDNAのグループに分けられることから、同遺跡が多様な人の集う交易拠点だったとする従来の説を強く裏付ける結果になった。篠田氏は「父系の遺伝情報もわかる『核ゲノム』の分析を進めることで、日本人のルーツを探りたい」と話した。
出土した人骨には殺傷痕のあるものも含まれ、戦乱などがあったとされる。弥生時代の日本について記された中国の史料「魏志倭人伝」などには「倭国(わこく)大乱」の記述もあり、人骨を保管する県埋蔵文化財センターの浜田竜彦係長は「『どのような人が殺害されたか』などを知ることで、当時の日本の状況を探る手がかりになるかもしれない」と期待する。
次回の報告会は、来年3月に予定。ミトコンドリアDNAを分析した32体のうち5体は、遺跡中心部近くの展示館で17日から一般公開している。問い合わせは同館(0857・85・0841)。

引用:毎日新聞「弥生時代の人骨“渡来系”か 青谷上寺地遺跡」

NHK、2016年にこんな解説も

NHK:縄文人ゲノム解読、私たちのルーツは

縄文人のゲノム解読

NHK解説委員室「縄文人のゲノム解読」(2016.10.10)

「縄文人ゲノム解読 私たちのルーツは」(時論公論)

2016年10月10日 (月)
土屋 敏之  解説委員

日本人の祖先と思われている縄文人。そのイメージが大きく変わろうとしています。
福島県で発掘された人骨からゲノムが解読され、「縄文人はアジアの他の地域の人たちと大きく異なる特徴を持っていた」とわかったのです。そればかりか、現代の日本人とも予想以上に違いが大きかったと示されました。
では一体、縄文人とは何者だったのか?私たちのルーツにも関わる最新科学の意味を3つのポイントから読み解きます。

縄文人のゲノム解読 縄文人のゲノム解読

まず、「核DNA解析」と呼ばれる今回の手法が、これまでと何が違うのか整理します。
続いて、解析の結果つきつけられた「縄文人とは何者か?」、さらには「では私たちは何者なのか?」
という謎を読み解きます。
そして、「科学が変えた人類観」。DNA解析の進歩は、人類がどんな存在なのか?というイメージ自体を変えてきました。それをどう受け止めればいいのか考えます。

縄文人のゲノム解読

先月、国立遺伝学研究所などのグループが「縄文人の核ゲノムを初めて解読した」とする論文を 専門誌に発表しました。この「縄文人」とは、福島県新地町にある三貫地貝塚で発掘された3千年前の人骨です。三貫地貝塚は、昭和20年代に100体以上の人骨が発掘された、縄文時代を代表する貝塚のひとつです。研究グループは、東京大学に保管されていた人骨・男女2人の奥歯の内側からわずかなDNAを採取し、解析に成功しました。
DNA解析と言えば、今や犯罪捜査から薬の副作用の研究まで様々な分野で使われていますが、今回の研究では「核DNAの解析」というのがポイントです。実はこれまで「古代人のDNA」というと、行われてきたのは「ミトコンドリアDNA」というものの解析でした。

縄文人のゲノム解読

私たちの細胞には「核」があってその中に「核DNA」が入っていますが、これとは別にミトコンドリアという小さな器官の中にもDNAがあります。ミトコンドリアはひとつの細胞に数百個もあるため分析に広く使われてきました。ただ、ミトコンドリアDNAの持つ情報は限られていて、文字数に例えると2万文字以下の情報しかありません。これに対し、核DNAは32億文字にも上り、私たちの姿形や体質など膨大な情報を含んでいます。技術の進歩で新たな分析装置が登場したこともあって、今回、日本の古代人では初めて核DNAの一部が解読されたのです。

縄文人のゲノム解読

では、縄文人とは何者だったのか?こちらは解析の結果、三貫地縄文人が現代のアジア各地の人たちとどれぐらい似ているのか、プロットした図です。近い場所にある人同士は核DNAがより似ていることを示します。すると、縄文人はアジアのどこの人たちとも大きな隔たりがあるとわかりました。それだけでなく、現代の日本人ともかなり離れています。現代の日本人は、縄文人よりむしろ他のアジアの人たちに近い位置にあるのです。
こうした距離は、人々が共通の祖先から別れて別々に進化を始めた時代の古さを示すと考えられています。DNAには時間と共に突然変異が起きるため、別れてからの時間が長いほど違いが大きくなるためです。

縄文人のゲノム解読

そこで、この結果を共通祖先からの分岐の古さを示す「進化の系統樹」にするとこうなります。「ホモ・サピエンス」と呼ばれる私たち現生人類は20万年前にアフリカで誕生し、その後他の大陸に進出しました。ヨーロッパに向かった人たちと別れ、東に進んだグループのうち、最初に分岐したのはパプアニューギニアからオセアニアへ渡った人たちです。そして解析の結果、次に別れたのが縄文人だったのです。これは、縄文人が他のアジア人ほぼ全てと別のグループであることを意味します。他のアジア人はその後、中国や東南アジア、さらにはアメリカ大陸に向かう集団へと別れました。現代の日本人もこちらのグループに入っています。これを見る限り、縄文人は日本人の祖先には見えません。ただ同時に、この矢印は、縄文人と現代の日本人のDNAのうち12%は共通だということを示しています。一体どういうことなのか?研究者が考えるシナリオです。

縄文人のゲノム解読

およそ4万年前から2万年前の間に、大陸から日本に渡った人々がいました。大陸とは海で隔てられていたため、この人々はその後大陸のアジア人と交わること無く進化を遂げ、縄文人の祖先になります。その間、大陸のアジア人も様々に別れていきました。
そして、縄文時代の末以降、再び大陸から日本に大勢の人が渡ってきました。いわゆる渡来系の弥生人です。稲作文化を持ち込んだ渡来系弥生人は人口の多くを占めるようになりますが、その過程で縄文人と幾らか交わりを持ったため、現代の日本人には12%だけ縄文人のDNAが伝えられたのです。従来の研究では、現代日本人には縄文人の遺伝子が2割~4割ほど入っているとも考えられていましたので、それよりかなり少ないという結果です。
ただし、これはあくまで福島県・三貫地貝塚のわずか2人のDNA解析の結果です。「縄文人の中にも多様な人達がいて三貫地縄文人は現代人との共通性が低かったが、西日本の縄文人はもっと共通性が高いかもしれない」と考える専門家もいます。現在、国立科学博物館などのグループでも、北海道から沖縄まで各地の古代人の核DNA解析に取り組んでおり、今後、日本人のルーツはより詳しく解明されていくでしょう。

縄文人のゲノム解読

さて、こうした科学の進歩は私たちが抱く「人類観」さえ変えてきました。
発端は1987年、ミトコンドリアDNAの解析から、アメリカの研究グループが衝撃的な発表をしました。それは、「世界の人々の母方の祖先をさかのぼると、20万年前のアフリカにいた、たった一人の女性に辿り着く」というものでした。この女性は「ミトコンドリア・イブ」と名付けられました。
このことは、それ以前から各地にいたはずの古い人類たちを、あとからアフリカを出た我々ホモ・サピエンスが全て絶滅させ、置き換わった証拠だと考えられました。
しかし、これをくつがえす人類観も、今度は核DNAの解析から生まれました。2010年、ドイツのグループがおよそ4万年前にヨーロッパにいたネアンデルタール人の核DNAを解読。「我々はネアンデルタール人からDNAの数%を受け継いでいる」と発表したのです。
この発見は、ホモ・サピエンスはネアンデルタールと共存し交わりを持って子孫を残した、それが我々の祖先だということを意味します。私たちは他者を滅ぼすばかりの攻撃的な種では無く、異なる人々を受け入れ、それによって豊かな多様性を持つようになったのではないか?そんな可能性を科学が示したのです。
こうした発見の積み重ねの先に、いつの日か「私たちはいかなる存在なのか?」そんな根源的な問いにも答えが出されるかもしれません。

(土屋 敏之 解説委員)

引用:NHK解説委員室「「縄文人ゲノム解読 私たちのルーツは」(時論公論)

日本人終わりやな、もう…

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